ごあいさつ

後藤博多人形株式会社は創業70年以上、前身の「後藤製作所」含めると二大伝統工芸品である博多織・博多人形を100年以上生産し続けています。

有名作家の博多人形から現代的でモダンなデザインのインテリア人形まで、贈答品、記念品、コレクション、親しい方や海外へのお土産品等、豊富な品揃えで喜んで頂いています。

多くの人々に喜んでもらえることが誇りであり、日本の伝統文化を育て、護り続けることが使命だと考えています。

代表取締役 後藤 達朗


後藤博多人形株式会社の歴史

明治38年(1905年)、初代後藤丑之助は福岡市大浜(現、博多区神屋町)の地に博多織製造販売の会社「後藤丑之助商店」を興し、絹糸で伝統の博多帯を製造していました。
博多帯は、丈夫で締めやすくデザイン性にも優れ、緩まないことが好評で、博多を中心に関西、関東にも商圏を広げていきました。

ところが、昭和10年代より始まった大東亜戦争の影響で、原材料の入手が難しくなり、また、帯の需要も減ったため博多織の製造販売の中断を余儀なくされました。
3男長兵衛は、昭和19年、国の命令により軍需産業の会社「後藤航機製作所」(現、後藤博多人形の前身)を設立し、九州飛行機という会社の下請けとして、木材やジュラルミンを材料に戦闘機のフラップや部品等を製造し納めていました。
終戦直前には、「震電」という戦闘機のフラップを製造しましたが、終戦となり、この飛行機が実際に戦闘に参加することはありませんでした。

戦争も終わり、3男長兵衛によって博多織の仕事は再開されましたが、昭和20年11月復員した4男源蔵は、「後藤航機製作所」で働いていた従業員の中に博多人形の制作経験者が2名いたことで、彼らを使って博多人形の製造卸の事業を開始し、社名を「後藤航機製作所」の「航機」を取り、「後藤製作所」と改め、博多の伝統工芸品博多人形の製造販売と普及に努めることになりました。

さらに、昭和49年社名を「後藤博多人形」に改名し、福岡市博多区御供所町緑橋で小売り部門の「工芸ぎゃらりーGoto」を併設し、斬新なデザインと時代に合った新しい博多人形と博多織の製造販売を続けています。
(平成31年2月24日本社移転に合わせギャラリー機能を縮小)

明治の時代に後藤丑之助が博多織の仕事を開始し、戦時中はジュラルミンで戦闘機の部品を、戦後は土で博多人形を作りました。
絹からジュラルミン、そして土へと、原材料は大きく変えながらもその時代が求めた「もの造り」を追及してきました。


会社概要

社名後藤博多人形 株式会社
所在地〒816-0863
福岡県春日市須玖南1丁目136番地 須玖センタービル1F
電話番号092-588-4917
FAX092-588-4900
事業内容博多人形の卸・販売
オリジナル人形制作
博多織小物制作 卸・販売